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日本語他動詞の再帰的用法について
Reflexive Uses of Transitive Verbs in Japanese
片山 きよみ
Kiyomi Katayama
§1. はじめに
日本語には語彙的に再帰的な意味しか持たない動詞がある。「着る」「脱ぐ」「浴びる」の
ようないわゆる再帰動詞である。
1. 花子が着物を着る。
2. 花子が靴を脱ぐ。
3. 花子がシャワーを浴びる。
これらの動詞は動作主の働きかけが常に動作主自身に及ぶ。つまり、ヲ格項が表すモノの
移動の着点または起点が自分自身であり、動作主の動作が常に動作主自身の状態変化を引
き起こすという点で、一般的な他動詞とは異なっている。しかし、このような再帰動詞以
外にも、動作主の働きかけが他者ではなく自分自身に向かう他動詞の用法がある。
4. 花子が(耳に)イヤリングをつけた。
5. 花子が(指から)指輪をはずした。
「つける」や「はずす」のような「とりつけ動詞」や「とりはずし動詞」が、ニ格やカラ
格に動作主自身の身体部位をとる場合にも再帰動詞と同じような意味を表す。この場合、
ニ格やカラ格は表層に現れないことが多い。
また、「たたく」「振る」など一般的な他動詞が動作主自身の身体部位をヲ格項に取ると
きにも、動作主の働きかけは他者へ向かわない。
6. 太郎が手をたたいた。
7. 太郎が首を振った。
本稿では、再帰構文を次のように定義する。
①主体
1)
と客体の移動の着点または起点が全体・部分関係にあるもの。
②主体と客体が全体・部分関係にあるもの。
ここでいう全体・部分関係とは、身体部位だけでなく所有物、あるいはモノとその属性ま
で含めたものを指す。再帰構文には、再帰性が動詞の意味に内在しているものと構文レベ
ルのものがあり、前者を再帰動詞、後者を他動詞の再帰的用法と呼ぶ。

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他動詞の再帰的用法は広く見られるが、このような再帰的用法の中には主体から客体への
働きかけが全くないものがある。動詞の持つ他動性は動詞に固有に決まっているもので
はなく、たとえば同じ動詞であっても次のように主体と客体の関係によって変わる場合
がある。
8. (a) 太郎がけんかで、相手の足の骨を折った。
(b) 太郎がスキーで足の骨を折った。
9. (a) 敵兵が村中の家を焼いた。
(b) 花子が火事で家を焼いた。
(a)文と(b)文は同じ動詞が使われているが、その表す意味は大きく異なっている。(a)文
は主体が客体に対して働きかけ、客体が変化を被るという典型的な他動詞文であるが、(b)
文には主体から客体への働きかけは見られず、主体が被った状態変化が表わされているに
すぎない。また、次のように、主体と取り付け場所が全体・部分関係にあるときも同様に、
他動性が消失し、主体の状態変化のみを表すものがある。
10. 太郎がほっぺたにご飯粒をつけながら、おにぎりをほおばっていた。
本稿では、このように様々な意味を表す日本語の再帰構文について、その「再帰性」が
動詞の意味に内在するものか、構文レベルのものかという観点から、それぞれの再帰構文
の意味的、統語的特徴について考察する。
§1−1. 先行研究
これまでの日本語の再帰研究の中で、再帰動詞や他動詞の再帰的用法がどのように取り
上げられてきたか、また再帰構文が自動詞に近づいていることがどのように説明されてき
たかを概述する。
最初に再帰動詞と他動詞の再帰的用法を分けて提示したのは、仁田(1982)である。再帰
的な用法しか持たない「着る、はく、脱ぐ」のような動詞を「再帰動詞」、普通の他動詞で
ありながら、その一用法として再帰的な用法を有する動詞を「再帰用法」と呼んだ。仁田
によれば、再帰とは、「働きかけが動作主に戻ってくることによって、その動作が終結を見
るといった現象」であり、「動作主の動作が結局動作主に戻って来る」のが再帰動詞である。
このような再帰動詞や他動詞の再帰用法を自動詞と典型的な他動詞の中間にある存在とし
て位置づけている。
これに先立ち、高橋(1975)は、文中にあらわれる種々の所属関係
2)
の一つとして、「自

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分の所属物をしめす名詞の対格と他動詞が組み合わさった場合」を取り上げ、次のように
述べている。「「羽を垂れる」「身をちぢめる」のような文は、他に対するはたらきかけをあ
らわしているのではなく、主体である自分の状態をかえることを表している。つまり、対
格名詞と動詞のくみあわさった連語が、ひとかたまりになって自動詞相当となり、合成述
語をなしている」。何かを身につけることを表す場合も、身につけたものは動作の後では主
体の所属物になるとして、「つける」や「着る」も主体と客体が所属関係にある場合に含め
る。また、高橋(1985)は、「再帰態はヴォイスとしては消極的である。他動詞を自動詞化す
ることによって能動態からのがれさせる」と、ヴォイスの一種としての再帰態にも言及し
ている。
このように仁田や高橋は、「再帰構文は自動詞に近づいている」と主張し、その根拠とし
て、①迷惑の受身ではない普通の受身が対応しない。②ヲ格成文と動詞が組み合わさった
意味を表す自動詞文に相当することが多い。③対応する自動詞がなく、対応する他動性他
動詞がある点などをあげている。
これに対し、天野(1987a)は、仁田や高橋が「再帰構文は自動詞に近づいている」という
主張の根拠にしているこれらの点について反論し、本当に他動詞でありながら自動詞文に
近い意味を表すのは、「太郎が空襲で家を焼いた」のような文であると言う。天野(1987b)
は、他動詞でありながら、主体から客体への働きかけが全くないこのような文を「状態変
化主体の他動詞文」と呼び、成立の条件として次の二点をあげている。
①他動詞のうち、主体の動きと客体の変化をあらわす「動き変化の他動詞」は状態変化主
体の他動詞文を作ることができる。主体の動きだけをあらわし、客体の変化を意味しな
い「動き他動詞」は状態変化主体の他動詞を作れない。
②「動き変化の他動詞」について、主体と客体が「全体−部分」という関係をもつとき、
状態変化主体の他動詞文が成立する。
天野は、他動詞の意味を主体から客体への「働きかけ」から「所有する」という所有関係
にまで広げることによって、「スキーで骨を折った」「空襲で家を焼いた」のような文を、
再帰という枠組ではなく他動詞文の枠組の中で捉えようとした。
また、工藤(1995)は、再帰動詞と自動詞が近いことを、使役・他動・自動との関わりの
中で説明している。使役・他動は参加者が2項以上の、主体から客体へと働きかける外的
運動であり、自動・再帰は、参加者が1項の、働きかけ性のない内部運動である。再帰と
自動の違いは、所有者−所有物の内部分化がある場合に、所有者を主語とするか、所有物
を主語とするか(「チューリップが芽を出す」と「チューリップの芽が出る」)にあるとす

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る。
再帰動詞については、村木(1991)が「浴びる」「着る」「はく」に加えて、「(肩を)すく
める」「(首を)かしげる」「(まゆを)しかめる」などをあげている。また、村木は「(自分
の)手をたたく」「(自分の)足を折る」「腰を痛める」「風邪をひく」「下痢をする」「くし
ゃみをする」「汗をかく」などの病理・生理現象の表現は、「ヲ」格の名詞を含むが、慣用
句的で、他動性を欠いていて、再帰性の特徴とつながると言う。
稲村(1995)は、主語と目的語が所属関係にある多数の再帰構文の意味分析から、「主語+
主語と所属関係を持つ目的語+述語」という構造の再帰構文は「主語をめぐる出来事」を
表し、その表現内容には「主宰者主語による使役的出来事」や「他の行為や外部の原因を
受けた受身的出来事」などがあることを指摘、「家を建てる」「注射をする」なども広く再
帰構文に含めて提示している。
このように日本語における動詞の再帰研究は多岐にわたっており、「再帰性」の捉え方も
多様である。再帰性は他動性と密接な関わりがあることがさまざまな視点から論じられて
いるが、そもそも「他動性とは何か」という問題から考えてみたい。
§1−2. 「再帰性」と「他動性」
動詞を自動詞か他動詞かに分ける伝統的な見方に対し、自動詞か他動詞かはどちらかに
はっきり分けられるものではなく、連続体をなしており、他動性は度合いの問題として捉
えられるものであるという考え方が、Lakoff(1977)や Hopper & Thompson(1980)らによっ
て提唱された。Hopper & Thompson は動詞の持つ他動性を測る次の 10 の基準をあげ、それ
ぞれの項目について左側の方が他動性が高く、他動性の高い項目の多い動詞がより他動性
の高い動詞であるとしている。
他動性が高い
他動性が低い
A
参加者
(participants)
参加者が二つ以上
参加者が一つ
B 動作性(kinesis)
動作
状態
C 相(aspect)
終結性のある動作
非終結性の動作
D 瞬時性(punctuality) 瞬間的な動作
継続性のある動作
E
意図性
(volitionality)
意図的な動作
非意図的な動作

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F 肯定(affirmation)
肯定
否定
G 叙法(mode)
現実
非現実
H 能動性(agency)
動作の主体に能動性がある
動作の主体に能動性がない
I
受影性
(affectedness)
動作の受け手に影響がある
動作の受け手に影響がない
J 個体(individuation) 動作の受け手に個体性がある 動作の受け手に個体性がない
自動詞に近づいていると言われる再帰構文はどのような他動性を示しているのだろうか。
「私がコンピュータを壊した」、「花子が着物を着た」、「太郎が骨を折った」という三つの
文について、上の基準に照らしてみる。
(1)「私が(かなづちで)コンピュータを壊した」―典型的な他動詞文―
参加者は「私」と「コンピュータ」の二つ、動作性、終結性、瞬時性がある動作であり、
主体から客体への意図的な働きかけがある。客体は主体によって影響を受けている。また
客体の個体性は強い。このようにこの文は非常に高い他動性を示している。しかし、同じ
「コンピュータを壊した」でも、「太郎が(不注意で)コンピュータを壊した」のように主
体に意図性がない場合には他動性が低くなる。
(2)「花子が着物を着た」―客体が主体へ移動するタイプの再帰構文―
参加者は二つ(「花子」と「着物」)であるが、客体が主体へ移動した後は一つになる。
動作性、終結性はあり、客体である「着物」は位置変化するが、客体の変化よりも主体が
着物を着た状態に変化することに関心がある。再帰動詞は客体の変化(移動)にはあまり
関心がなく、主体自身の変化に焦点が置かれる。
(3)「太郎が骨を折った」―客体と主体が全体・部分関係の再帰構文―
全体・部分関係の再帰構文は、ヲ格をとる他動詞の形態をとりながら、実際の参加者は
一つである。参加者が一つであるものは、通常は自動詞文であるが、一つの参加者を全体
と部分の二項に分けて捉えたのがこのタイプの再帰構文である。従って、主体と客体を切
り離すことはむずかしく、客体の個体性は極めて低くなる。全体・部分関係の再帰構文で
は客体は主体に含まれるため、客体の変化は常に主体の変化を意味する。ここでも、どれ
くらい客体が影響を受けたかということより、どれくらい主体が影響を受けたかという、

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主体の状態変化に着目される。
このように(2)および(3)の再帰構文は、典型的な他動詞文である(1)からかなりはずれた
「他動性」を示していることがわかる。再帰構文が他動性のプロトタイプからはずれて自
動詞文に近づいていることは、ヤコブセン(1989)もまた、日本語動詞の分類の中で指摘し
ている。
ヤコブセンは他動詞の定義として次の4つの条件をあげる。
1. 関与している事物(人物)が二つある。(動作主と対象物)
2. 動作主に意図性がある。
3. 対象物は変化を被る。
4. 変化は現実の時間において生じる。
ヤコブセンは、これらの条件をすべて満たす動詞をプロトタイプの他動詞とし、このプロ
トタイプの他動詞と、対極にある自動詞との間に次のようないくつかの意味構造グループ
があると言う。
形態的他動性
形態的自動性
形態的他動性と形態的自動性の間に位置する(b)、(c)、(d)にはそれぞれ再帰性があると考
えられる。(b)は本稿で扱う客体が主体へ移動するタイプの再帰構文に、(c)は主体と客体
が全体・部分関係にある再帰構文にあたる。ヤコブセンは(d)のような自動詞文にも再帰性
を認めているが
3)
、本稿では形態的にヲ格をとる他動詞の再帰的用法のみを扱う。
再帰構文が典型的な他動詞文と自動詞文の間に位置することを見てきた。他動性に幅が
あるように、再帰性にもまた幅があり、そのことが再帰構文に多様な意味を与えている。
語彙的に再帰的な意味しか持たない再帰動詞と、構文レベルの他動詞の再帰的用法がある
ことは先行研究で指摘されているが、語彙レベルの再帰性と、構文レベルの再帰性という
観点から、それぞれの再帰構文の持つ統語的、意味的特徴の違いについて論じられたもの
は少ない。本稿では用例の分析を通して、それぞれの再帰性の持つ特徴を明らかにしたい。
§2. 語彙的再帰性
(a)
赤ん坊が
花瓶を壊
す。
(b) 荷物を預か
る。服を着る。
(c) 犬がしっ
ぽを垂れる。
(d) おばあさ
んがかがむ。
(e) 花瓶が壊
れる。

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§2−1. 着脱を表す動詞
「シャツを着る」「ズボンをはく」「帽子をかぶる」―日本語の着衣を表す動詞は、衣服
の取り付け場所によって、3つの動詞を使い分ける。これに対応する脱衣動詞は「脱ぐ」
である。着衣動詞の定義にあたって、影山(1980)は、特定の身体部位だけでなく、特定の
動作様態という要因がかかわっていることを指摘している。「セーターを頭からかぶって着
た」「ワンピースを足からはいて着た」と言うことはできるが、「セーターをかぶった」「ワ
ンピースをはいた」とは言わない。「着る」「はく」「かぶる」という動詞には、特定の動作
様態だけでなく、その結果、特定の身体部位に衣服がとどまっていることが要求される。
このように、着衣動詞は主体の状態変化まで含めて語彙化された動詞であると言える。
§2−1−1. 【着る】
「シャツを着る」「セーターを着る」は、腕を袖に通して上半身に衣服をつける動作を表
す。しかし、「着る」は上半身につける衣服に限らず、「スーツを着る」「パジャマを着る」
のように上下に分かれた衣服、さらに「着物を着る」や「水着を着る」のように上下がつ
ながった衣服にも用いられる。また、「ふとんを着る」「毛布を着る」のように言う方言も
ある。「はく」、「かぶる」が足、頭という限定された身体部位に限られているのに対し、「着
る」は、「衣服を身につける」ということを表すもっとも一般的な動詞である。ここでは、
「着る」の用例の分析を中心に再帰動詞の特徴について考察する。
他動詞文・使役文
「着る」は、主体の働きかけが常に自分に帰ってくる再帰動詞である。従って、ニ格に
他者をとることはできない。他者に対して働きかける場合は、「着せる」のような他動性を
持った他動詞を使うか、あるいは、使役形を使う。
1. 花子がコートを着た。
2. *花子が妹にコートを着た。→ 花子が妹にコートを着せた。
花子が妹にコートを着させた。
一般的に、他動詞文は主体から客体への直接的な働きかけを表わし、使役文は使役主が
そうするように指示し、被使役者が自らの意志でその行為を行うことを表すと言われる。
つまり、「花子が妹にコートを着せる」は、花子が妹の腕を取って、コートの袖に通すとい

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う行為であり、一方、「花子が妹にコートを着させる」は、花子が妹にコートを着るように
指示し、妹が自分で着ることを意味する。しかし、実際の用例を見ていくと、必ずしもそ
うとは言えない場合がある。次のような「着せる」には、主体からニ格項への直接的な働
きかけがあるとは言えない。
3. 女の子には着物を着せる楽しみがあります。
4. 末っ子には、いつも兄弟のおさがりばかり着せた。
「着せる」は他者に対して直接働きかける行為だけでなく、主体の意志が強く働いている
場合には間接的な行為を表すこともできる。「着せる」には、物理的な働きかけだけでなく
心理的な働きかけも含まれる。このことは、後で取り上げる「他人の行為を自分の行為の
ように表わす」他動詞の「介在性」ともかかわっている (3.3 参照)。
一方で、使役形を用いながら使役の意味を持たない用例もある。次の文の「着させる」
は「着せる」とほぼ同様の意味で使われている。
5. ペットに服を着させるなんて。
6. 赤ちゃんには汗を吸い取りやすい素材の洋服を着させてください。
「ペット」や「赤ちゃん」は自分で服を着ることはできないので、「着させる」に使役の意
味はない。ここでは、主体の直接的な行為を表す。「ペットに服を着せる」や「赤ちゃんに
洋服を着せる」では、主体の動作が強調されるが、「着させる」は、ニ格項の方に焦点が移
るためか、「ペット」や「赤ちゃん」の意志を尊重しているというニュアンスが感じられる。
このような表現ができるのは、「着せる」が他動性の強い他動詞であるのに対し、「着る」
が主体の状態変化に関心の強い動詞だからである。「着る」には、主体の動作が全くない、
主体の状態変化のみを表す用法もある。「花子は成人式で着物を着た」と言うとき、花子が
自分で着物を着たのではなく、誰かに着せてもらったと考えるのが普通だろう。
従って、「A が B に服を着させる」には次の2通りの解釈が可能である。①「AがBに指
示し、Bが自分で服を着る」、②「AがBに働きかけ、Bが服を着た状態にする」。①は他
動詞の使役文であり、②は状態変化を表す自動詞の使役文に近くなる。後者の解釈をすれ
ば、「花子は人形にお気に入りの服を着させた」のようなニ格項が無生物の文も許容される。

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受身文
一般的な他動詞文は目的語を主語にして直接受身文にすることができるが、「着る」は受
身にできない。これに対して、他動性の強い「着せる」は受身にすることができる。
7. (a) 太郎がコンピュータを壊した。 (一般的な他動詞)
(b) コンピュータが太郎に壊された。
8. (a) 花子が着物を着た。 (再帰動詞)
(b)*着物が花子に着られた。
9. (a) おばあさんの着物を花子に着せた。 (他動性他動詞)
(b) おばあさんの着物が花子に着せられた。
事象に関与する参加者が一人増える間接受身についてはどうだろうか。
10. 花子は妹に買ったばかりの服を着られた。
上の文は、第三者の行為によって主体が迷惑を被ったという迷惑の受身を表すことはで
きるが、第三者の行為によって主体が変化を被ったという意味を表すことはできない。こ
のように再帰動詞は他者への働きかけも、他者からの働きかけも表すことができない動詞
であると言える。
しかし、着衣動詞は絶対受身にできないかというと、そうではない。次のような場合に
は受身文が使われる。
[動作主が不特定多数の人のとき]
11. 「甚平」は江戸末期に着られた袖無し羽織が起源で、下町の人々に広がったよう
です。おもに夏に着られます。
[客体の変化に焦点があてられているとき]
12. すり切れるほど大切に着られた衣類
13. 一度でも着られた衣類には目に見えない汚れや汗、老廃物が付着しています。
[着られ方に関心があるとき]
14. 「ヒップボーン」とは、英語で腰骨のこと。ここから、腰骨の位置で着られた股
上の浅いボトムを指す。

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再帰動詞が受身にできないことを、仁田(1982)は「主体から外部への働きかけがないた
め」と説明し、再帰動詞が自動詞に近づいていることの根拠にしている。仁田は、「太郎が
手をたたいた」のような再帰的用法の場合も同様に受身にできないことを指摘しているが、
「太鼓が太郎にたたかれた」と「手が太郎にたたかれた」は同じように不自然であり、こ
れらの文が受身にできないのは、一概に「主体から客体への働きかけがないため」とは言
えない。「たたく」は主体の動作は表すが、客体の変化は表さない動詞であることを考える
と、再帰動詞が受身にできないのは、「客体が受ける影響」に関心が向けられていないこと
の表れと見なすことができる。動作主が不特定多数の場合や、客体の変化に関心が向けら
れたときは受身が可能である。
「テイル形」「テアル形」
「ドアを開けている」という他動詞の「テイル構文」は動作の進行を意味し、「ドアが開
いている」という自動詞の「テイル構文」は何らかの動作の結果の継続を表す。しかし、
「着る」は主体動作と主体変化を表す動詞であり、どちらに焦点をおくかによって、次の
ような二つの意味を表す。
15. 花子は隣の部屋で浴衣を着ている。(動作の進行)
16. 今年は、例年に比べ浴衣を着ている若い男女を多く見かけました。(結果の継続)
「テアル構文」は動作主の存在が含意され、動作の結果が残っている状態を表す。従っ
て、結果状態を表さない他動詞や主体の動作を表す自動詞は「テアル形」にできない(「*
肩が叩いてある」「*太郎は走ってある」)。しかし、「着る」は状態変化を表す他動詞であり
ながら、「テアル形」にすることはできない。
17. *花子は着物を着てある。
ここでも再帰動詞は自動詞に近いふるまいをする。「このコースは前もって走ってある」
「今日の登山に備えてきのうは十分寝てある」のように、「準備」という意味であれば、自
動詞も「テアル構文」にすることができる。「着る」についても、次のように言うことは可
能である。

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18. 今日は泳げるというので、水着を下に着てある。
また、受身文の場合と同様に、主体の変化ではなく客体の変化に着目した場合は、次の
ように「テアル形」で結果状態を表わすことも可能である。「着る」という動作が繰り返さ
れたことによる客体の状態変化が表されている。
19. その服は色あせするまで着てあった。
20. 新品だって言うから譲ってもらったのに、どう見ても、何回か着てあるものがき
た。
連体修飾節中の「タ形」
連体修飾節中の動詞の「タ形」の表す意味にも、一般的な他動詞と再帰動詞の間には違
いが見られる。状態変化を表す動詞の「タ形」は、次のように動作主も変化対象も取り立
てることができる。
[状態変化動詞]
21. あれがお后様のドレスを縫った娘です。(過去の動作)
22. 娘が縫ったドレスは羽のように軽かった。(結果状態)
[再帰動詞]
23. 民族衣装を着た少女たちが舞台で踊った。(結果状態)
24. これは舞台で少女たちが着た民族衣装です。(過去の動作)
状態変化を表す他動詞は、主体の動作と客体の変化を表す動詞である。「縫う」について
見てみると、動作主を取り立てた「ドレスを縫った娘」の「縫った」は過去の動作を表し、
変化対象を取り立てた「娘が縫ったドレス」の「縫った」は結果状態を表す。一方、「着る」
はこれまで見てきたように、主体の状態変化に関心が強く、客体の変化には無関心な動詞
である。そのため「民族衣装を着た少女たち」の「着た」は結果状態を表し、「少女たちが
着た民族衣装」の「着た」は過去の動作を表す。
さまざまな用例を通して、語彙的再帰動詞「着る」が一般的な他動詞とは異なるふるま
いをすることを見てきた。「着る」は、主体の動作と主体の状態変化という二つの側面を持
ち、どちらに焦点がおかれるかによって、意味に二面性が生じる。また、客体をとる他動

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詞としての性質が全く失われているわけではなく、客体に関心が向けられることもある。
このような再帰動詞の多面的な性質は、「かぶる」や「はく」にも見ることができる。
§2−1−2. 【はく】
「靴をはく」「靴下をはく」「ズボンをはく」「スカートをはく」のように、主体自身の足、
または下半身に履物や衣服をつける場合には、「はく」が使われる。「はく」は、「「足を中
に入れる」「足を通す」という動作様態を表し、その結果として対象物が下半身にとどまっ
た状態にあること」を表す
4)
。「はく」も「着る」と同様に動作主は常に自分自身にしか働
きかけることができないが、「着せる」のような対応する他動性他動詞を持たないため、他
者に対して働きかけるときは「はかせる」という使役形を用いる。どちらの意味であるか
は文脈に依存する。
25. 花子は人形に靴をはかせた。(他動性他動詞文)
26. 太郎はせき立てるようにして次郎に靴をはかせた。(使役文)
「はく」も主体の動作および主体の状態変化を表すので、「太郎は玄関でゆっくり靴を履
いている」は主体の動作を表し、「花子は今日は新しい靴を履いている」は結果状態を表す。
「長靴をはいた太郎」は主体の状態変化を、「太郎がはいた長靴」は過去の動作を表す。ま
た、客体の状態変化に着目されるときは、「靴底が擦り減るまではかれた靴」「穴があくま
ではいてある靴下」のように受身文や「テアル構文」も可能である。
§2−1−3. 【かぶる】
「かぶる」は「帽子をかぶる」「スカーフをかぶる」「覆面をかぶる」のように、「「頭(首)
を入れる」という動作を表わし、その結果として対象物が頭上にとどまった状態にあるこ
と」を表す
5)
。頭部だけでなく、「布団をかぶる」「毛布をかぶる」のように頭から足まで
全身を覆うこともある。また、「水をかぶる」「火の粉をかぶる」など着衣以外にも使われる。
「かぶる」も他者に対して直接働きかけることはできない。「かぶせる」という他動性他
動詞を持つ。「着させる」の場合と同様に、「かぶらせる」は使役だけではなく、主体の直
接的な動作も表す。次の用例の「かぶらせる」には、もちろん使役の意味はない。
27. おじいさんはお地蔵さまに笠をかぶせました。

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28. おじいさんはお地蔵さまに笠をかぶらせました。
「かぶせる」を使うと、「おじいさん」の動作が強調されるが、「かぶらせる」は、「お地蔵
さまが帽子をかぶった状態」に関心が向けられる。「かぶせる」は「着せる」と異なり、次
のように衣服以外の目的語もとることができる。
29. 花子はソファーにカバーをかぶせた。
30. *花子はソファーにカバーをかぶらせた。
「お地蔵さまに笠をかぶらせた」は主体の直接的な働きかけを表すが、「椅子にカバーをか
ぶらせた」は使役の意味はもちろん、主体の直接的な働きかけも表すことはできない。こ
のような主体の直接的な動作を表す使役の用法は着衣の場合に限られる。
「浴びる」は着衣を表す動詞ではないが、「液体や光を頭上に注ぐ」という意味では、「か
ぶる」と近い意味を表すので、ここで取り上げておく。「浴びる」もまた「浴びせる」とい
う他動性他動詞を持つ語彙的再帰動詞である。
31. 太郎は頭から水を浴びた。
32. *太郎は次郎に頭から水を浴びた。→ 太郎は次郎に頭から水を浴びせた。
33. *シャワーは太郎に浴びられた。
「浴びる」や「(水を)かぶる」場合は、結果状態は残らない。従って、「テイル形」は動
作の進行しか表さない。「テアル形」もまた準備という意味では使われるが、結果状態は表
さない。
34. 太郎はシャワーを浴びている。
35. 太郎は頭から水をかぶっている。
36. (火の中に飛び込む前に)頭から水をかぶってある。
次のように主体から客体への働きかけが全くない場合は、「テイル形」は動作の進行ではな
く、その状態が続いていることを表す。

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37. 太郎は火の粉をかぶっている。
38. 庭の梅の木が月の光を浴びている。
「山が雪をかぶっている」のように、結果が残っている場合は結果の継続を表す。
§2−1−4. 【脱ぐ】
着衣を表す動詞は、動作様態やその着衣部位によって「着る」「はく」「かぶる」という
使い分けがあるが、脱衣を表す場合はそれらに関係なく「脱ぐ」を使う。「脱ぐ」場合には
身体部位には無関心になるためだろう。「脱ぐ」もまた他者に働きかけることはできないが、
対応する他動性他動詞はなく、使役形を使う。主体の直接的な働きかけか、使役の意味を
表わすかは文脈に依存する。
39. 母親は息子の泥だらけのシャツを脱がせた。(他動性他動詞文)(使役文)
40. 太郎は次郎に玄関で靴を脱がせた。(使役文)
ただし、「脱ぐ」がニ格をとるときは使役の意味に限られる。これは、着衣動詞の場合と違
って、脱衣動詞はニ格項が着点を表すことはないため、ニ格で表された名詞は常に被使役
者として解釈されるからである。
「脱ぐ」の「テイル形」も、動作の進行および結果状態の両方を表すことができるが、
「着ている」に比べて、「脱いでいる」は結果状態を表わす用例が少なく、「脱いでいる」
より「着ていない」「はいていない」と表現するほうが自然な場合が多い。
41. 太郎は玄関でゆっくり靴を脱いでいる。(動作の進行)
42. 会場では、あまりの暑さにほとんどの人が上着を脱いでいる。(結果の継続)
43. ?日本人は家の中では靴を脱いでいる。
44. 日本人は家の中では靴をはいていない。
次に「テアル形」について見ておく。
45. 玄関には靴が脱いである。(客体に焦点)
46. 夜中に酔っ払って帰ってきて、熟睡。靴下はいたまま、ワイシャツは脱いである

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けど、ネクタイは首にぶら下がったままで、でもスーツはちゃんとクローゼットに
しまってある。(主体に焦点)
「靴が脱いである」は客体の状態変化に着目したものである。一方、「靴を脱いである」と
言うと、主体の状態変化に着目している。上の用例の「ワイシャツは脱いである」は「ワ
イシャツを脱いである」のヲ格が主題化されたものと考えられ、主体の変化を表したもの
である。「脱ぐ」には、このような結果状態を表す「テアル構文」の用例は多い。
「服を脱いだ太郎は海に飛び込んだ」のように、「タ形」がガ格項を取り立てるときは、
主体の状態を表すが、「太郎が脱いだ服が散らばっている」のようにヲ格項を取り立てると
きは、主体の動作を表すと同時に客体の状態変化も表している。「脱ぐ」は、主体の動作と
主体の状態変化を表すだけでなく、客体にも関心が向けられた動詞である。客体が主体か
ら離れてしまったあとでは、一般的な他動詞と同様に、客体の変化に焦点を置くことが容
易なためであろう。
着衣動詞も脱衣動詞も、主体自身が客体の取り付け、取り外し場所であり、主体の動作
が主体の変化を引き起こす動詞であることを見てきた。しかし、主体と客体が一体化する
着衣動詞と違い、脱衣動詞は脱衣後、主体と客体に関心が分かれ、そのために「脱ぐ」に
は着衣動詞とは異なったふるまいが見られる。
このような着脱を表す動詞以外にも、主体自身が客体の取り付け、取り外し場所になっ
ている動詞がある。次にそのような動詞の語彙的再帰性について検討する。
§2−2. 得失を表す動詞
「得る」や「失う」は常に主体自身が客体の移動の起着点であるという点で、着脱動詞
と近い。
§2−2−1. 【得る】
「得る」もまた、着脱を表す動詞と同様に、他者に対して働きかけることはできない。
47. 会社が莫大な利益を得た。
48. *太郎が会社に莫大な利益を得た。 → 太郎が会社に莫大な利益を得させた。
「太郎が会社に莫大な利益を得させた」は使役形ではあるが、使役の意味は表わさない。

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次の用例に見られる「利益を得させた」は、主体の行為である。
49. 支援する業者に不正な利益を得させるため、国政の枢要な地位を卑しめた犯行だ。
50. 営業課長が得意客に新規公開株を集中的に配分し、約 3500 万円の利益を得させた。
しかし、「得させる」が使役の意味を表す用例もある。
51. インターネットによりバングラデシュという国についての情報を得させる。
52. 部屋割りは、2 名一部屋とし、個室としない。居室に友人等を通す場合には寮監
の許可を得させるものとする。
「情報を得る」「許可を得る」あるいは「資格を得る」ためには主体の意図的な働きかけが
要求される。「了承」「承諾」「同意」「了解」などを「得る」にはニ格項に働きかける相手
が必要であり、その場合には、「させる」は使役の意味を表わす。また、特別な文脈がない
限り「利益を得てある」と言うことは難しいが、「情報を得てある」「許可を得てある」と
言うことはできる。客体の違いによって「得る」の持つ他動性は異なるが、主体が状態変
化を受けるという再帰性は変わらない。「莫大な利益を得た会社」「情報を得た太郎」のよ
うに、ガ格項を取り立てた「タ形」は主体の状態変化の結果を表す。
「もらう」「受ける」「持つ」などの動詞もまた主体の動作の着点が常に主体自身であり、
再帰動詞に加えることができるだろう。ヤコブセン(1989)は、この他に主体と客体が一体
化する動詞として、「預かる」「授かる」「含む」「教わる」のような動詞をあげている。こ
れらの動詞はヲ格をとる他動詞でありながら、「着る」と同様に形態的に対応する他動詞を
持つ。
荷物を預かる・荷物を預ける/子供を授かる・子供を授ける/日本人を含む・日本人
を含める/日本語を教わる・日本語を教える
§2−2−2. 【失う】
「失う」は、「得る」とは逆に客体の移動の起点が常に主体である。主体の所有物あるい
はもともと主体に備わっているものでなければ「失う」ことはできない。失われたものよ
り、失った主体の変化に関心があるという点で、再帰的である。「失う」には、主体から客
体への働きかけも、意図性もない。「失う」もまた他者に対して働きかけることはできない。

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53. 太郎が全財産を失った。
54. *太郎は次郎に全財産を失った。
「*全財産が太郎に失われた」のように動作主をニ格項にした受身文はできない。ただし、
「失われた」客体に焦点を置くことはできる。
55. 地震で一瞬にして全財産が失われた。
56. これまで築いてきた信用が失われた。
「失う」は主体が客体の移動の起点であり、客体よりも主体の変化に関心が向けられて
いるという点で、脱衣動詞「脱ぐ」と同様の再帰性を持つ。「財産を失った太郎」「自信を
失った花子」のように、ガ格項を「タ形」で取り立てたものは主体の状態変化を表す。し
かし、「脱ぐ」には主体から客体への働きかけや意図性があるのに対し、「失う」には主体
から客体への働きかけも意図性もない。従って、「太郎は去年の地震で全財産を失っている」
は結果状態しか表さない。
また、「靴が脱いである」のように、「脱ぐ」は「テアル形」にすることができるが、「財
産が失ってある」と言うことはできない。
§2−2−3. 【なくす】
「財産を失う」は「財産をなくす」と言い換えることができる。「なくす」を目的語の違
いによって分類してみる。
A) 差別をなくす/ポイ捨てをなくす/偏見をなくす/いじめをなくす/セクハラをなく
す/戦争をなくす/自殺をなくす/地雷をなくす/公害をなくす
B) 本をなくす/鍵をなくす/免許をなくす/仕事をなくす/傘をなくす/命をなくす/
記憶をなくす/携帯電話をなくす/旅券をなくす/やる気をなくす/言葉をなくす/
歯をなくす/良心をなくす/自信をなくす
A)の「なくす」は「ない状態にする」という意味であり、主体から客体への意図的な働き
かけがある。一方、B)の「なくす」には、主体から客体への働きかけも意図性もない。A)

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では「(地球上から)差別をなくす」「(学校から)いじめをなくす」のように、その起点は
主体以外のところにあるが、B)の場合は常に主体自身がその起点である。「なくす」は、主
体と客体の間に所有者と所有物の関係があるとき、再帰的な意味を持ち、「失う」と同じ意
味で使われる。A)、B)それぞれの動詞について、受身文、テイル形、テアル形、自動詞文
を見てみる。
57.(a) 町が公園からごみ箱をなくした。
(b) 町によって公園からごみ箱がなくされた。
(c) 町が公園からごみ箱をなくしている。(動作の進行・結果の継続)
(d) 公園からごみ箱がなくしてある。
(e) 公園からごみ箱がなくなった。
58.(a) 太郎が傘をなくした。
(b)*傘が太郎になくされた。
(c) 太郎は傘をなくしている。(結果の継続)
(d)*傘がなくしてある。
(e) 傘がなくなった。
A)の一般的な他動詞文は受身にすることができるが、B)の場合には直接受身にすること
はできない。迷惑の受身的なニュアンスにしかならない。主体から客体への働きかけがな
いので、「テイル形」は結果状態しか表さず、「テアル形」にすることもできない。また、
ほとんど意味を変えずに自動詞文で言い換えられる点も、一般的な他動詞の用法とは違っ
ている。
連体修飾節中の「タ形」も、「失う」の場合と同様にヲ格項を取り立てたときは過去の動
作を表し、ガ格項をとりたてたときは結果状態を表す。
59. これは太郎がなくした傘です。
(過去の動作)
60. 傘をなくした太郎はぬれて帰った。
(結果状態)
客体が「人」のときは、「亡くす」が使われる。「亡くす」が使えるのは、家族や友人な
ど主体と近い関係にある人に限られる。あまりつきあいのない隣人に対して、「隣人を亡く

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した」とは言わない。「亡くす」は身近な人の死による主体の喪失を表す。災害や事故で亡
くなった場合など、主体が受けた心理的な影響が大きいときは、主体と客体の親密度がや
や低くても、容認度が高くなる。
61. 私は父親を亡くした。
62. ?私は隣のおじいさんを亡くした。
63. テロで友人や隣人を亡くした人が大勢いる。
「父を亡くした」は「父が亡くなった」と自動詞文で言い換えることができるが、「亡くな
る」がすべて「亡くす」で言い換えられるわけではない。「亡くなる」は「人が死ぬ」とい
う意味で誰に対しても使うことができる。
「落とす」もまた、一般的な他動詞として使われる動詞であるが、「花子はうっかり財布
を落とした」のように、客体の起点が主体自身である場合には、「なくす」と同じ再帰的な
意味合いを持つ。
§2−3. 【取る】
「取る」は、主体が客体の移動の起点にも着点にもなる動詞である。
[一般的な他動詞]
64. 花子はソファーの汚れを取った。
65. 花子は瓶のふたを取った。
[再帰動詞]
66. 太郎は先生の前で帽子を取った。
67. 太郎は水分を取った。
一般的な他動詞としての「取る」の用例では、「ソファー」や「瓶」が客体の移動の起点
である。一方、再帰動詞としての「取る」の主体は、客体の移動の起点になるだけでなく、
着点にもなる場合もある。「取」は元来、「手」と同源の漢字であり、もともと「手に持つ」
という意味であったものが、「つかんでそれまでの所から引き離し、または当方へ移しおさ
めること」(広辞苑)へと意味が拡張したものである。自分自身を客体の移動の起着点にす
る再帰的な「取る」の意味は様々に分化したが、基本的に次の二つに分けることができる。

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[客体が主体へ移動するもの(「摂取する」「もらう」「奪う」などの意)]
栄養を取る/資格を取る/免許を取る/満点を取る/客を取る/金を取る
[客体が主体から他のところへ移動する、あるいは消滅するもの(「除く」「はずす」「脱
ぐ」「なくす」の意)]
コンタクトを取る/帽子を取る/ネックレスを取る/シワを取る/ぜい肉を取る
「取る」は、客体を主体に「取り込む」という意味のときは語彙的な再帰動詞であるが、
主体が客体を「取り外す」という意味では、他者に対しても働きかけることができる。
主体が客体の移動の着点のとき
68. 太郎は水分を取った。(=摂取する)
69. *太郎は次郎に水分を取った。→ 太郎は次郎に水分を取らせた。
主体が客体の移動の起点のとき
70. 太郎は帽子を取った。(=脱ぐ)
71. 太郎は次郎の帽子を取った。/太郎は次郎に帽子を取らせた。
客体を主体のほうへ引き寄せる、客体を主体に取り込むという動作の結果、客体は主体と
一体化してしまうので、客体が主体から離れてしまう行為より再帰性が強いと言える。
§2−4. 【出す】
「出す」は「中から外へ」「内面から外面へ」対象物を移動させる行為を表す。
[一般的な他動詞]
72. 太郎は冷蔵庫からビールを出した。
73. 花子は展覧会に絵を出した。
[再帰動詞]
74. 太郎は熱を出した。
75. 木が芽を出した。

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「出す」は一般的な他動詞として使われるときは、主体の動作と客体の位置変化を表す。
従って、「テイル形」は動作の進行も結果の継続も表すことができる。「テアル形」も動作
主の動作の結果が残っていることを表す。
76. 台所に行と、太郎がちょうど冷蔵庫からビールを出していた。(動作の進行)
77. 早くからビールを出していると、ぬるくなってしまうよ。(結果の継続)
78. ビールが冷蔵庫から出してある。
しかし、「出す」にはこのような一般的な他動詞としての用法だけでなく、主体自身が客
体の移動の起点となる再帰的な用法がある。主体自身の内面が起点の場合には、発生とい
う意味が生じる。主体が人の場合には意図性があるものとないものがある。主体が場所や
発生母体を表す用例も多い。
[主体が人の場合]
熱を出す/鼻水を出す/オーラを出す/声を出す/元気を出す/やる気を出す
[主体が場所の場合]
煙突が煙を出す/会社が利益を出す/会社が損出を出す/戦争が多くの死者を出す
木が芽を出す/星が光を出す/ゴミが悪臭を出す
このような発生や出現を表す「出す」には、主体から客体への働きかけはない。主体の
状態変化が表されている。
79. 太郎は熱を出している。
80. *太郎は熱が出してある。
81. 太郎は熱が出た。
上の用例の「テイル形」は動作の進行ではなく、状態の継続を表している。「テアル形」に
することはできない。また、自動詞文で言い換えることができる。「出す」のこのような用
法は、「子供が熱を出した」のように三人称の人物描写によく使われる。

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§2−5. 【垂れる】
「ロープを垂らす」「ロープが垂れる」のように、「垂れる」は他動詞「垂らす」に対応
する自動詞である。ところが「垂れる」には自動詞としての用法だけでなく、「頭を垂れる」
「釣り糸を垂れる」のような他動詞としての用法もある。ここでは「垂らす」と比較しな
がら他動詞「垂れる」の用例を見ていきたい。まず、「垂らす」「垂れる」がどのような目
的語と結びつくかを見ておく。
[「垂れる」「垂らす」どちらも可]
腕を垂れる・腕を垂らす/鼻水を垂れる・鼻水を垂らす/よだれを垂れる・よだれを
垂らす/しっぽを垂れる・しっぽを垂らす/釣り糸を垂れる・釣り糸を垂らす
[「垂らす」のみ可]
醤油を垂らす/目薬を垂らす/試薬を垂らす/リボンを垂らす/前髪を垂らす
[「垂れる]のみ可]
ウンチクを垂れる/説教を垂れる/講釈を垂れる/文句を垂れる
「犬がしっぽを垂れる」「稲穂が頭を垂れる」のように、主体と客体が全体・部分関係に
あるときに、他動詞「垂れる」が使われることは先行研究で指摘されている。主体と客体
が全体・部分関係にないものは「垂らす」しか用いることができない。また、「ウンチクを
垂れる」「文句を垂れる」のように「言う」という意味で使われるときには、「垂れる」が
使われる。「垂れる」のとる客体は主体から完全に離れておらず、客体の一方の端は主体と
つながっているが、主体が客体の移動の起点になっているという点で、これまで見てきた
「脱ぐ」「失う」「出す」などと同じように再帰性を持つと考えられる。
「釣り糸を垂れる」の「釣り糸」は身体の一部ではないが、手に持って垂らすというこ
とから手とつながった身体の一部と見なされている。釣り糸を他者とみなすか、主体自身
の身体の一部とみなすかによって、一般的な他動詞である「垂らす」を用いたり、「垂れる」
という再帰的な動詞を用いたりする
6)
。「垂らす」と「垂れる」はどのように使い分けられ
ているのだろうか。
主体の動作を強調する場合には、「垂らす」が使われることが多い。

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82. 氷に穴を開け釣り糸を垂らすという、ワカサギつりの面白さ。
83. 気に入った所で車を止め釣り糸を垂らすのです。
84. 釣れそうなポイントを見つけては釣り糸を垂らし、移動しては又垂らす。
「垂れる」には、「垂らす」と同じように主体の動作を表す用例もみられるが、主体の状態
を表すときに好んで使われる傾向がある。
85. おだやかな日曜の午後、のんびりと釣り糸を垂れる。
86. 夕方1時間ほど釣り糸を垂れる。
87. 海峡を行き来する船や沿岸で釣り糸を垂れる人々のシルエットが美しく、時間を
追うごとに色を変えていく夕焼け。
「垂らす」には一般的な他動詞としての用法だけでなく、再帰的な用法もあり、「垂らす」
の再帰的な用法と「垂れる」は、ほとんど意味を変えずに言い換えることができる。どち
らも主体の動作にも主体の状態変化にも焦点をおくことができる。しかし、「垂れる」は「垂
らす」と違って、客体の変化に焦点がおかれることはない。
88. 「用意、はじめ!」の号令で一斉に釣り糸が垂らされる。
89. *「用意、はじめ!」の号令で一斉に釣り糸が垂れられる
「釣り糸を垂らす」は受身にできるが、「釣り糸を垂れる」を受身にすることはできない。
「垂れる」は「釣り糸」の変化には関心がなく、主体の状態変化に着目した再帰動詞だか
らである。同様のことは「テアル形」についても言える。「垂れる」は客体の変化の結果を
表す「テアル形」にすることはできない。「垂れる」の客体は主体とつながっており、客体
が主体から離れてしまう「脱ぐ」とはこの点で異なる。
90. 釣り糸が一晩中垂らしてある。
91. *釣り糸が一晩中垂れてある。
「蘊蓄をたれる」「説教を垂れる」「講釈を垂れる」のような慣用表現は自動詞的な意味
合いをもつので、受身文は迷惑の受身を表す。

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92.あいつに説教を垂れられるのは嫌だ。
他動詞「垂れる」についてその再帰的特徴を見てきた。「垂れる」は同型の自動詞を持つ
(「しっぽを垂れる」「しっぽが垂れる」)。このような自他同型の動詞は日本語には少ない
が、「垂れる」以外にも次のようなものがある。
木の芽がふく・木が芽をふく/桜の花が開く・桜が花を開く/根が張る・根を張る/
川の水かさが増す・川が水かさを増す/ドアがとじる・ドアをとじる/ドアがひらく・
ドアをひらく/火が噴く・火を噴く/子供が授かる・子供を授かる/授業が終わる・
授業を終わる
自動詞と同じ形を持つこれらの他動詞には、再帰的な意味を持つものが多い。これらの自
動詞文と他動詞文にはほとんど意味の違いはない。自他同型の動詞は自動詞と他動詞のち
ょうど中間に位置し、自動詞と他動詞の意味が非常に接近している。
§2−6. 開閉を表す動詞
自他同型の動詞の中から、「ひらく」「とじる」という開閉を表す動詞を取り上げる。「ド
アがひらく」「ドアをひらく」に対して、「ドアがあく」「ドアをあける」という自他の形が
異なる動詞がある。また、「ドアがとじる」「ドアをとじる」には「ドアがしまる」「ドアを
しめる」が対応する。これらの動詞の違いを探ることによって、「ひらく」「とじる」の再
帰性を検討する。
§2−6−1. 【ひらく】
他動詞「ひらく」と「あける」はどのような目的語と結びつくのだろうか。
[「あける」「ひらく」 どちらも可]
ドアをあける・ドアをひらく/カーテンをあける・カーテンをひらく/窓をあける・
窓をひらく/本をあける・本をひらく/鞄をあける・鞄をひらく/荷物をあける・荷
物をひらく/口をあける・口をひらく/目をあける・目をひらく/店をあける・店を
ひらく
[「あける」のみ可]

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瓶のふたをあける/引き出しをあける/缶詰をあける/鍵をあける/ファスナーをあ
ける
[「ひらく」のみ可]
傘をひらく/魚をひらく/足をひらく/掌をひらく/心をひらく/胸襟をひらく
花をひらく/傷口をひらく/会議をひらく
「あける」は、ふさがった状態から覆いを取るという意味であり、「瓶のふたをあける」
「引き出しをあける」「鍵をあける」のように、あける対象物もあけ方の動作様態もさま
ざまである。これに対して、「ひらく」は「両側にひらく」という動作が要求されること
が多い。しかし、「あける」と「ひらく」にはこのような動作の違いだけでなく、再帰性
にも違いがある
7)
「太郎はドアをひらいた」は「太郎はドアをあけた」と言い換えることができるが、「エ
レベータがドアをひらいた」は、「あける」で言い換えることはできない。「ひらく」し
か使えないものの多くは、主体と客体が全体部分関係にある点に注目したい。
93. エレベータがドアをひらく。
94. 子供が心をひらく。
95. 桜が花をひらく。
96. 貝が蓋をひらく。
「ひらく」「あける」どちらも使えるが、意味が異なるものがある。「店をひらく(開店
する)」「口をひらく(しゃべる)」の場合は自分の店、自分の口に限られ、主体と客体の
間に全体・部分関係が存在すると考えられる。
また、「あける」に対応する自動詞「あく」には、現代口語では使われなくなったが、
小説などには「目をあく」「口をあく」の用例が見られる。次のような主体自身の「目」
や「口」を客体にとる再帰的な場合に限って、「あく」がヲ格を伴って使われていること
を須賀 (1981) が指摘している。
97. 尤も北の方へ行くと人間が無精になってなるべく口をあくまいと倹約をする結果
鼻で言語を使う様なズーズーもあるが、鼻を閉塞して口ばかりで呼吸の用を弁じて
いるのはズーズーよりも見ともないと思う。(吾輩は猫である)

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このように主体と客体が全体・部分関係にある再帰構文では、自動詞と同型の「ひらく」
や「あく」が他動詞として使われていることは、先にとりあげた「垂れる」の場合と共に、
自動詞に限りなく近づいた再帰動詞の性質を反映しているものと考えられる。
§2−6−2.【とじる】【とざす】
「あける」「ひらく」と同様の関係は、「しめる」「とじる」「とざす」にもみられる。
[「しめる」「ひらく」 どちらも可]
雨戸をしめる・雨戸をとじる/カーテンをしめる・カーテンをとじる/門をしめる・
門をとじる/ドアをしめる・ドアをとじる/店をしめる・店をとじる/口をしめる・
口をとじる
[「しめる」のみ可]
鍵をしめる/瓶のふたをしめる/引き出しをしめる/水道の栓をしめる
[「とじる」のみ可]
本をとじる/傘をとじる/目をとじる/心をとじる/殻をとじる/命をとじる
「本をとじる」とは言えるが「*本をしめる」とは言わない。「とじる」ためには「ひらい
た状態のものをとじる」という動作が必要である。「しめる」には「あける」と同様にも
っと多様な動作がある。また、「とざす」は「固くとじる」という意味で使われている。
98. 住民の立ち退いた家々は戸を閉ざし、道に人はなかった。(野火)
99.
そのようにして私は私の言葉を閉ざし、私の心を閉ざしていった。(世界の終りと
ハードボイルド・ワンダーランド)
「しめる」「とじる」「とざす」にはどのような使い分けがなされているのだろうか。動
作主が存在せず、主体の状態変化だけが表される次のような文では、「とじる」や「とざす」
が使われる。「しめる」で言い換えることはできない。
100. エレベータがドアをとじた。

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101. *エレベータがドアをしめた。
102. 少女は心をとざした。
103. *少女は心をしめた。
104. とざされた世界/とじられた世界
105. *しめられた世界
次の用例では、「しめる」の「テイル形」は動作の進行および結果状態を表すが、「とじ
る」「とざす」は結果状態しか表さない。また、動作主が含意される「テアル形」は、「し
めてある」と言うことはできるが、「とじてある」は不自然である。「しめる」より「とじ
る」「とざす」の方がより再帰性が強いことの表れであろう。ただし、「本をとじている」
「本をとじてある」のような一般的な他動詞として使われる場合は「しめる」と同様のふ
るまいをする。
106. 隣の家は門をしめている。(動作の進行/結果の継続)
107. 隣の家は門をとじている。(結果の継続)
108. 隣の家は門をとざしている。(結果の継続)
109. 隣の家は門をしめてある。
110. ?隣の家は門をとじてある。
また、「幕をとじる」「人生をとじる」のように「終わる」という意味の「とじる」も、
「しめる」では言い換えられない。「幕がとじる」「人生がとじる」と自動詞で表すことも
できる。「終わる」も「とじる」と同様に自他同型の動詞である。「あける」「ひらく」、「し
める」「とじる」「とざす」のように似た意味を持つ動詞も、「他動性」「再帰性」という点
から見ると違いが見えてくる。
§2−7. 感覚・感情を表す動詞
「痛める」「赤らめる」「ゆるめる」
「痛める」「赤らめる」は主体の身体部位以外を客体にとることはできない。あるいは「ゆ
るめる」が身体部位を客体にとるときは、他者に対して働きかけることはできない。これ
らもまた語彙的な再帰性を持つ用法であると言える。
111. 太郎が胸を痛めた。

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112. 少女が顔を赤らめた。
113. 花子が思わず頬をゆるめた。
「花子がネジをゆるめた」は一般的な他動詞だが、客体に主体自身の身体部位をとるとき
は主体は客体に働きかけるのではなく、主体自身の状態変化を表す。「ゆるめる」は、顔や
顔の一部を客体にとるとき、感情を表す慣用表現として使われることが多い(頬をゆるめ
る/目元をゆるめる/口をゆるめるなど)。
114. *太郎が花子の胸を痛めた。→ 太郎が花子の胸を痛ませた。
115. *太郎が花子の頬をゆるめた。→ 太郎が花子の頬をゆるませた。
116. *太郎が花子の顔を赤らめた。→ 太郎が花子の顔を赤らませた。
このようにヲ格の身体部位の状態変化が感情表現を表すような文では、他動詞でも他者
に対して働きかけることはない。他人の感情を直接コントロールすることはできないから
である。「一人暮らしの老人の孤独死は人々の胸を痛めた」のような原因主語の文は可能で
あるが、「太郎が花子の胸を痛めた」のように、人は他者の内面に対して直接働きかけるこ
とはできない。他者に対して働きかけるときは自動詞の使役形を用いる。
感情表現の再帰構文の「テイル形」は、結果の継続を表す。主体から客体への働きかけ
はないので動作の進行を表すことはできない。
117. 太郎が胸を痛めている。
118. 花子が顔を赤らめている。
119. 花子が頬をゆるめている。
「顔を赤らめている」や「頬をゆるめている」のような主体の感情を表す用例は、「語り
文」以外では話し手が主語の場合には現れにくく、第三者の感情描写に使われることが多
い。主体自身の身体部位を客体にとる再帰構文は、話し手が主語の場合には使いにくい。
再帰動詞の場合は主体の状態変化に関心が置かれているためガ格項をとりたてて、結果
状態を表すことができるが、ヲ格項を取り立てることができるかどうかは、ヲ格項にどれ
だけ関心が置かれているかによる。主体から客体への働きかけはないので、主体の動作で
はなく、客体の変化を表すからである。

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120. 心を痛めた太郎/?太郎が痛めた心
121. 肘を痛めた太郎/太郎が痛めた肘
122. 顔を赤らめた花子/?花子が赤らめた顔
また、このような感情表現を表す再帰表現はほとんど意味を変えずに自動詞文で置き換
えることができる。
123. 太郎は胸が痛んだ。
124. 花子は顔が赤らんだ。
125. 花子は頬がゆるんだ。
このような感情を表す再帰表現には、「顔を輝かせた」「頬をこわばらせた」「胸をどきど
きさせた」のような使役表現の再帰構文も多い。主体が働きかけて何かに変化を生じさせ
る文を他動詞文と考えれば、使役文も他動詞文の一種である。対応する他動詞を持たない
自動詞は、使役形にすることによって他動詞と同様の働きをさせる。「(さ)せ」という使
役形態素が使われているが、使役主と使役対象の間に使役関係はない。使役主から使役対
象への働きかけはなく、主体の状態変化を表しているという点で、これまで見てきた他動
詞の再帰的用法と等しい。感覚を表す擬態語などにも次のような用例が見られる。
126. 太郎は顔をヒリヒリさせながらサッカーを観戦した。
127. 私は二日酔いの頭をズキズキさせながら職場へ行った。
128. 僕は躰中をゾクゾクさせた。
使役の再帰構文は、主体から客体への働きかけではなく、主体の感情や感覚、あるいは様
態を表す表現として使われている。主体が何らかの動作をしているときの主体の様子や感
情、感覚が表わされることが多い
8)
§3. 構文的再帰性
§3−1. 取り付け動詞・取り外し動詞
「つける」「はめる」「かける」「する」などの「取り付け動詞」は、「イヤリングをつけ
る」「指輪をはめる」「眼鏡をかける」「ネクタイをする」などのように、客体の取り付け場

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所が主体自身の身体の一部であるとき、主体の動作が自分自身に帰ってくる。これらの動
詞は着衣動詞と同様に再帰的である。
客体の取り付け先は、「指」「耳」「首」などの狭い部分であり、また、着衣動詞のように
特定の身体部位にきっちり限定されてはいない。「エプロンをつける」「エプロンをかける」、
「指輪をつける」「指輪をはめる」、「手袋をはめる」「手袋をする」など、取り付け方によ
っていくつかの動詞が使われる。
§3−1−1. 【つける】
「つける」は一般的な他動詞として他者に対しても働きかけることができる。着脱動詞
のような語彙的再帰性はない。
129. 花子が着物を着た。
130. *花子がよし子に着物を着た。
131. 花子がイヤリングをつけた。
132. 花子が良子の耳にイヤリングをつけた。
ただし、「つける」は「着ける」と表記されることがあるように、「着る」と同じ意味で使
われることがある。その場合は他者に対して使うと許容度が落ちる。
133. 太郎は袴をつけた。
134. ?太郎は次郎に袴をつけた。→ 太郎は次郎に袴をつけさせた。
このように、取り付ける客体が衣服としての機能を持っているかどうかが、動詞の持つ
語彙的再帰性とかかわっているものと思われる。衣服だけでなく、「めがねをかける」につ
いても同様のことが言える。
135. ?居眠りをしているお爺さんにそっとメガネをかけた。
136. 居眠りをしているお爺さんにそっとメガネをかけさせた。
「かける」は「妹に毛布をかける」「入賞者の首にメダルをかける」のように他者に対する
動作にも使うことができる動詞であるが、「めがねをかける」は、他者への働きかけには使

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いにくい。「めがねかける」は普通、自分自身に対する動作を表すからである。「めがね」
は衣服に近い機能を持っている。
衣服以外のものを身につける場合について見ていこう。一般的な他動詞「つける」は受
身にできるが、再帰的用法の場合は受身にすることはできない。
137. この車のキズは太郎につけられた。(一般的な他動詞)
138. *イヤリングが花子につけられた。(再帰的用法)
「テイル形」は着衣動詞の場合と同様に、動作の進行、結果状態のどちらも表わすことが
できる。
139. 花子は、鏡の前でイヤリングをつけている。(動作の進行)
140. マラソン参加者はみな、ゼッケンをつけている。(結果の継続)
「*花子は赤いセーターを着てある」と言うのは難しいが、「つける」には次のような「テ
アル形」の用例がある。
141. お顔は知らない場合が多く、胸に名札を付けてあると声を掛けやすくなります。
客体の取り付け先が、主体自身の身体部位のときは、「花子は(指に)指輪をはめた」「良
子は(耳に)ピアスをつけた」のように取り付け場所の「指」や「耳」は明示されてもさ
れなくてもよい。しかし、「テアル」構文では、「花子の耳にピアスがつけてあった」のよ
うにニ格項をとるものが多い。主体自身の身体部位を他者としてとらえているためであろ
う。
142. ?園児は名札がつけてあった。
143. 園児は胸に名札がつけてあった。
取り付け動詞「つける」の再帰的用法は、「着る」「はく」「かぶる」に比べて主体の被る
変化は小さいが、主体の状態変化に関心が強い点では着衣動詞と同じである。ただし、自
分の身体部位を他者とみなすときには、一般的な他動詞としての性質が現れることがある。

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また、「つける」は客体の違いによって、他動性が大きく変わる動詞であることを、次の
用例で見ておこう。
144. シャツに醤油のしみをつけてしまった。
145. 煙の上がっているヨットに近づくと、中から顔に煤をつけた男がぬっと現れた。
146. 桜がつぼみをつけた。
147. 子犬が初めてハーネスをつけた日。
148. バスは車体に大きな広告をつけて走っている。
「花子がイヤリングをつけた」の「花子」は動作主であるが、上の用例の主体は動作主で
はない。主体の状態変化が表された文である。このように「つける」の再帰的用法には、
主体が動作主であるものと、自らの状態変化を表すものがある。
一般的な三項動詞はヲ格項だけでなく、ニ格項を主語にした受身文も可能である。再帰
構文の場合はどうだろうか。
149. 太郎が 犬に
首輪を つけた。 (一般的な他動詞)
150. 犬が
太郎に 首輪を つけられた。
151. 花子が (花子に) 口紅を つけた。 (再帰構文)
152. 花子が
口紅を つけられた。
153. 花子が (花子に) しみを つけた。 (再帰構文)
154. 花子が
しみを つけられた。
受身文には外的な動作主が含意されるため、再帰的用法の受身文の動作主は花子ではなく、
花子以外の誰かであるという解釈になり、能動文と受身文の意味が違ってくる。主体が動
作主ではなく状態変化が表されたものは、能動文と受身文はほぼ同じ意味を表わす。
155. 車が泥水をはねて、花子はコートにシミをつけてしまった(=花子はコートにシ
ミをつけられた)。
156. 子犬は初めてハーネスをつけた(=子犬は初めてハーネスをつけられた)。
一般的な「取り付け動詞」や「取り外し動詞」の主体は動作主であるが、再帰的用法の

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主体は動作主とは限らず、主体以外の動作主や外的な原因が含意される場合がある。「花子
はコートにシミをつけた」は「花子がうっかり自分でシミをつけた」という意味にも、「花
子以外の誰かによってシミをつけられた」という意味にも解釈できる。また、「花子が故意
にシミをつけた」という可能性もあり得る。つまり、再帰的用法は、「誰がシミをつけたの
か」という動作主の動作が後景に退き、主体の状態変化に焦点が置かれた表現だといえる。
このことはアスペクトにも意味の違いとして現れる。
157. 花子が口紅をつけている。(動作の進行/結果の継続)
158. 花子が服にシミをつけている。(動作の進行/結果の継続)
「花子が口紅をつけている」は動作の進行も結果の継続も表すが、「花子が服にシミをつけ
ている」は普通は結果状態しか表さない。ただし、花子がわざとシミをつけたと考えれば、
花子は動作主であり、動作の進行も表す。
次に自動詞文との関係について考えてみる。状態変化を表す他動詞には、形態的に対応
する自動詞を持つものが多い。「つける」にも「つく」という対応する自動詞がある。しか
し、本来、意志動詞として使われている他動詞を、対応する自動詞で置き換えると、主体
の意志性が消えてしまうため、何らかの外的な要因のためにそのような結果状態が生じた
という意味合いが生じる。従って自動詞文と他動詞文では表す意味が違ってくる。
159. (a) 花子は口紅をつけた。
(b) 花子は口紅がついた。
しかし、次の自動詞文(a)と他動詞文(b)はほとんど同じ意味を表わす。
160. (a) 花子は(うっかり)服にしみをつけた。
(b) 花子は服にしみがついた。
161. (a) バスは車体に広告をつけている。
(b) バスは車体に広告がついている。
162. (a) 桜が枝に花をつけた。
(b) 桜の枝に花がついた。

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これらの再帰構文では、主体から客体への意図的な働きかけはなく、主体の状態変化のみ
が表されているため、自動詞文と置き換えてもほとんど意味が変わらない。
「つける」は、本来、主体の動作と客体の位置変化を表す他動詞であるが、客体の取り
付け場所が主体の部分である再帰構文には、①「主体の動作と主体の変化を表すもの」と、
②「主体の変化のみを表すもの」がある。①の場合は、取り付け場所を他者と見なすか、
自分自身の部分と見なすかによって他動性に違いが生じることがあり、「テアル構文」など
には、本来の他動詞としての性質が垣間見える。その点で、語彙的な再帰動詞より他動詞
に近いと言える。一方、②の用法では他動性は消失し、自動詞に近い意味を表す。
§3−1−2. 【はずす】
「太郎は時計をはずした」「太郎はめがねをとった」は、主体の動作、客体の変化だけで
なく、主体の状態変化も表す。「はずす」は「脱ぐ」と異なり、他者に対しても働きかける
ことができる。
163. 太郎は帽子を脱いだ。
164. *太郎は次郎の帽子を脱いだ。
165. 太郎は時計をはずした。
166. 太郎は次郎の時計をはずした。
「眼鏡をかける」は他者への行為に使うのはむずかしかったが、「太郎は次郎の眼鏡をはず
した」は自然な表現である。「太郎は次郎に眼鏡をはずさせた」は使役の意味しか表さない。
「取り付け動詞」は、「取り外し動詞」より主体の状態変化を表す度合い、つまり再帰性が
強いと言うことができる。
主体の動作に焦点があるときは「テイル形」は動作の進行を、結果状態に焦点があると
きは結果の継続を表す。「テアル形」は主体の状態変化の結果も、取り外した客体の状態変
化の結果も表わすことができる。
167. コンタクトをはずしているときにピョーンと飛んで、どっかへ行ってしまった。
(動作の進行)
168. 寝るときはコンタクトをはずしている。(結果の継続)
169. 太郎が振り向いたとき、眼鏡ははずしてあった。(主体に焦点)

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170. 机の上に父の眼鏡がはずしてあった。(客体に焦点)
また、ヲ格項を取り立てると過去の動作を表し、ガ格項を取り立てると主体の状態変化
の結果を表す。取り外し場所を取り立てると、やはり結果状態を表わす。
171. 花子ははずした指輪を箱にしまった。 (過去の動作)
172. 指輪をはずした花子は、悲しげだった。 (結果状態)
173. 指輪をはずした指が何か落ち着きません (結果状態)
§3−1−3. 【積む】【降ろす】
「積む」や「降ろす」は主体が人ではなく場所のとき、再帰的な用法になる。
174. トラックが(荷台に)荷物を積んだ。
175. トラックが(荷台から)荷物を降ろした。
「降ろす」は荷物だけでなく、「乗客を降ろす」のように人を客体にとる場合がある。「乗
客」は自分で降りるにもかかわらず、「モノ」として扱われ、他動詞文で表される。
176. 鹿児島本線の阿久根にも139列車が乗客を降ろしている。
「タクシーが客を降ろした」「タクシーが客を乗せた」のような文は、客体である「客」が、
主体である「乗り物」の所属物であり、一種の再帰的用法であると見なせば、「降ろす」「乗
せる」のような他動詞は、主体から客体への働きかけを表しているのではなく、主体の状
態変化を表しているものと考えることができる。
§3−2. 全体・部分関係を表す再帰構文
前節では、主体と取り付け場所が全体・部分関係にある再帰構文について見てきたが、
ここでは、主体と客体が全体・部分関係にある再帰構文について取り上げる。他者に対し
て働きかけるときは他動性を示す動詞も、客体に自分自身をとるときは他動性が消失する。
主体と客体が全体・部分関係にある再帰構文は多様な意味を表す。
177. 太郎は手をたたいた。

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178. 花子はポカンと口を開けた。
179. 花子は手首を切って自殺を図った。
180. 花子はころんで額を切った。
181. 太郎はスキーで足の骨を折った。
§3−2−1. 主体の動作を表す再帰構文
「太郎は手をたたいた」
「たたく」「掻く」「撫でる」のような接触・打撃動詞が主体自身の身体部位を客体にとる
とき、その働きかけは外へは向かわず、主体自身の動作を表す。これらの動詞には終結性
がないので、「太郎は手をたたいている」「太郎は頭を掻いている」は動作の進行しか表
さない。主体は動作主である。「*手が太郎にたたかれた」や「*頭が太郎に掻かれた」の
ような受身文にすることもできない。客体の変化に関心が向けられていないためである。
§3−2―2. 主体の動作と状態変化を表す再帰構文
「花子はポカンと口を開けた」「花子は手首を切った」
「開ける」「切る」は状態変化を表す動詞であるが、再帰的用法では、主体自身の状態
変化を表す。意図性の有無にかかわらず、ここでも主体は動作主である。このような再帰
構文の「テイル形」は、結果の継続を表すことが多い。
182. 二階の窓から子供が顔を出している。
183. 花子はポカンと口を開けている。
184. 老人は縁側に腰をおろしている。
185. 太郎は手足を伸ばしている。
しかし、状態変化動詞はもともと主体の動作と客体の変化を表す動詞であるため、主体
の動きに関心がある場合は、「太郎はゆっくり腰を下ろしている」のように、動作の進行を
表すことも可能である。
§3−2−3. 主体の状態変化のみを表す再帰構文
「花子はころんで額を切った」や「太郎はスキーで足の骨を折った」には、主体から客体
への働きかけはなく、主体の状態変化のみが表されている。主体は動作主ではない。これ

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は天野(1987b)の言う「状態変化主体の他動詞」にあたる。主体から客体への働きかけがな
いために、このような文の「テイル形」は普通の解釈では結果の継続しか表さない。
186. 花子は(ころんで)額を切った。→ 花子は額を切っている。
187. 太郎は(スキーで)足の骨を折った。→ 太郎は足の骨を折っている。
188. 花子は(うっかり)ドアに指を挟んだ。→花子はドアに指を挟んでいる。
189. 太郎は火事で家を焼いた。→ 太郎は火事で家を焼いている。
190. 花子は風で帽子を飛ばした。→ 花子は風で帽子を飛ばしている。
他動詞でありながら他者への働きかけが消失してしまう、このような他動詞の再帰的用
法はいろいろな場面で使われている。
191. 救急現場では▽夢中になって遊んでいた子どもが、机の角に頭をぶつけて額を切
った。▽酔っぱらって階段から転落し、頭から血を流している。▽電動ノコギリで
足を切り血が止まらないなど、けがの状況はさまざまで、出血量にも大きな差があ
る。
192. 火事で、大事なアルバムを焼いてしまったんです。
193. 出火時、突然大きな炎になり、顔をやけどし髪や眉毛を焦がした。
194. 酒に酔って泥酔して転倒して頭を割った男の話。
これらの再帰構文は、主体が動作主ではないので、「*家が太郎に焼かれた」や「*指が花
子にはさまれた」のような直接受身文にすることはできない。しかし、ガ格項はそのまま
にして動詞を受身形にした次のような受身文にすることは可能である。
195. 花子がドアに指を挟んだ。→ 花子がドアに指を挟まれた。
196. 太郎が火事で家を焼いた。→ 太郎が火事で家を焼かれた。
197. 花子が風で帽子を飛ばした。→ 花子が風で帽子を飛ばされた。
受身文では動作主が明示されていなくても、第三者である動作主が含意される。自分の不
注意で「骨を折った」場合には受身文で言い換えることはできないが、主体以外に動作主
が存在するときは、次のように受身文での言い換えが可能である。

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198. 太郎は喧嘩をして足の骨を折った。→ 太郎は喧嘩をして足の骨を折られた。
199. 太郎は試合中に額を切った。→ 太郎は試合中に額を切られた。
天野(1987b)は、状態変化主体の他動詞文の成立条件として、主体と客体が全体・部分関
係にあること、状態変化動詞が使われていることをあげている。しかし、このような条件
を備えた他動詞文でも、次のように主体自身の動作を表すことがある。
200. 太郎はむしゃくしゃして家を焼いた。(他動詞)
児玉(1989)は、天野の言う「状態変化主体の他動詞文」が成立するためには、上記の二つ
の条件に加えて「主体以外の、動きの実際的な・直接的な引き起こし手が明示されている、
あるいは文脈的・語彙的に暗示されている」ことが必要だと指摘している。「足の骨を折っ
た」や「額を切った」のような主体の状態変化を表す文の成立には、主体以外の動作主や
何らかの原因が必要であり、受身的意味合いを持つのは当然である。
また、自動詞文でほとんど意味を変えずに言い換えることができる。
201. 太郎が足の骨を折った。
→ 太郎は足の骨が折れた。
202. 太郎が額を切った。
→ 太郎は額が切れた。
203. 花子がドアに指を挟んだ。 → 花子は指がドアに挟まった。
204. 太郎が火事で家を焼いた。 → 太郎は家が火事で焼けた。
205. 花子が風で帽子を飛ばした。→ 花子は帽子が風で飛んだ。
自動詞文は主体自身の動きや変化を表す。外的な要因によって引き起こされた変化や主体
の意図的な行為による変化の場合も、原因や動作主が後景に退き、変化した部分に焦点が
あてられると自動詞文で表現することが可能である。
§3−2−4. 自然現象を表す再帰構文
主体と客体が全体・部分関係を表す再帰構文には次のように植物の描写や自然現象を表
すものも多い。
206. 木々が葉を落とすと森もすっかり冬の装いになる。

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207. 植物が芽を出すためには日光が必要である。
208. アサガオがツルを伸ばす。
209. 植物が根を張る。
210. トチノキが実を落とす。
211. 火山が火を噴く。
212. 川が水かさを増す。
対応する他動詞がない場合は、自動詞の使役形が使われる。
213. 桜がつぼみをふくらませる 3 月。
214. 道路端や山の木々の中にねむの木が花を咲かせています。
このような文も、「木の葉が落ちた」「芽が出た」「ツルが伸びた」のように、自動詞文で
言い換えることができる。また、自発的な意味合いが強いこれらの再帰構文は、第三者に
よる働きかけが含意される受身文にすることはできないが、外的な原因がある場合には可
能である。
215. *秋になって、木が葉をすっかり落とされた。(自然に落ちた場合)
216. この前の台風でりんごの木はすっかり実を落とされた。
このような無生物が主語の再帰構文では、「テイル形」は主体の変化の結果だけでなく、
主体の変化の進行を表すこともある。
217. 尾根の雑木はすっかり葉を落としているので見晴しが良い。(変化の結果)
218. 境内に入ると、大イチョウが色づいてはらはらと葉を落としているのが見える。
(変化の進行)
§3−3. 主体が依頼者を表す再帰構文
次の用例の(a)文は主体から客体への働きかけがある一般的な他動詞文であり、(b)文は
再帰構文である。主体と客体が全体・部分関係、あるいは客体の取り付け場所が主体の部
分になっているが、これまで見てきた再帰構文とは違った意味を表す。

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219. (a) 歯医者が太郎の歯を抜いた。
(b) 太郎が(歯医者で)歯を抜いた。
220. (a) 美容師が花子の髪を切った。
(b) 花子が(美容院で)髪を切った。
221. (a) 医者が患者に注射をした。
(b) 花子が(病院で)注射をした。
222. (a) 大工が太郎の家を建てた。
(b) 太郎が家を建てた。
223. (a) 父が花子の写真を撮った。
(b) 花子が(写真館で)写真を撮った。
(a)文の主体は動作主であるが、(b)文の主体は動作主ではなく、その行為をするように
依頼した人物である。このように、他者によって受けた行為をあたかも自分自身が行った
かのように描写する表現は、「介在性」と呼ばれている
9)
。この介在性もまた他動詞の再帰
的用法に見られる特徴の一つだと言える。実際に歯を抜いたり、注射をしたりしたのは医
者であり、美容室で髪を切ったのは美容師である。いずれの場合も、主体の直接的な行為
ではない。主体が被った状態変化なのである。日本語の他動詞の意味特徴の一つに含まれ
る「介在性」は、再帰性と密接な関係があると思われる。
佐藤(1994)は、「他動詞表現には、何らかの結果性を含意してはいても、動詞の意味的
焦点が動作の過程のあり方にある場合は介在性の表現を成立させにくい」と述べている。
224. (花子が人に依頼して着物を作ってもらった場合)
花子が着物を作った。
225. (花子が人に依頼してセーターを編んでもらった場合)
*花子がセーターを編んだ。
この2文の違いについて、佐藤は次のように説明している。「両者ともそれぞれ、「洋服」
「セーター」という生産物を結果として生み出しているが、動詞が意味的にどこに焦点を
おくかという点が違う。「つくる」という動詞は、どのような動作過程を経るかという点に
は関心がなく、結果として当該の生産物を生み出しているという点にのみ関心がある。し
かし、「編む」という動詞は動作過程のあり方がどのようなものであるかという点を特定す

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る度合いが非常に高く、その点で「つくる」とは大きく性質がことなる。」
介在性の文の成立条件として、動詞が結果性を持つということは必須であるが、動作の
過程のあり方に焦点をおく度合いが強い場合は、介在性は成立しない。つまり、結果状態
にだけ焦点がおかれている点では、「太郎は骨を折った」のような状態変化主体の再帰構文
と同じである。
上にあげた依頼者主体の再帰構文は「テモラウ」で言い換えることができる。また受身
文にすることもできる。
226. 太郎は(歯医者で)歯を抜いた。
227. 太郎は(歯医者で)歯を抜いてもらった。
228. 太郎は(歯医者で)歯を抜かれた。
「テモラウ」という受益文は主体にとって好ましいことをされたという印象を与えるが、
受身文は、主体にとって厭なことされたというニュアンスが伴う。しかし、他動詞文の場
合は、中立的な立場での表現が可能になる。ガ格項は動作主ではないが、あくまでも主体
であり、主体性を失っていない。また、主語が依頼者を表す文は、動作主の存在が不可欠
なので、「太郎は歯が抜けた」のように自動詞文で言い換えることはできない。
§4. むすび
最後にこれまでに取り上げた様々な再帰構文についてまとめておく。
1. 一般的な他動詞
主体の動作→客体の状態変化を表す。
2. 再帰動詞
主体の動作→主体の状態変化を表す。
3. 取り付け動詞、取り外し動詞
主体の動作→主体の状態変化を表す。
4. 主体の動作を表す再帰構文
主体の動作を表す。
5. 主体の動作と状態変化を表す再帰構文 主体の動作→主体の状態変化を表す。
6. 主体の状態変化を表す再帰構文 外的な原因/第三者の動作→主体の状態変化を表す。
7. 自然現象を表す再帰構文
自発→主体の状態変化を表す。
8. 依頼者主体の再帰構文
主体の依頼→第三者の動作→主体の状態変化を表す。
主体の動作を表す再帰構文以外は、すべて主体の状態変化を表している。つまり、再帰
構文は、主体から客体への働きかけの有無にかかわらず、動作主や外的な原因が後景に退

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き、主体が被った状態変化が焦点化されたものである。私たちは、文脈によって、後景に
退いた動作主と主体との関係を再構築しているのである。
日本語の他動詞の「再帰性」を語彙的再帰性と構文的再帰性という観点から検討してき
た。主体の働きかけが常に主体に帰ってくる語彙的な再帰性は、着脱を表す動詞だけでな
く、動作のあとで主体と客体が一体化したり、客体が主体から離れたりする他の多くの動
詞にもあることを見た。また、出現・発生を表す動詞や、常に主体自身の身体部位を客体
に取る感情表現や感覚表現もまた、主体の働きかけが外へ向かわないという点で語彙的な
再帰性があると考えられる。これらの動詞はその内在する再帰性のために他者に対して働
きかけることはできない。
一方、構文的再帰性には、「取りつけ動詞」「取りはずし動詞」のように主体と客体の移
動の着点または起点が全体・部分関係にあるもの、及び一般的な他動詞の主体と客体が全
体・部分関係にあるものがある。これらの再帰構文の主体は、客体へ働きかけるもの、外
的な要因によって変化するもの、自ら変化を引き起こすもの、あるいは依頼者になるもの
など、さまざまな意味を持つ。中でも他動性が全く消失した再帰構文は、形態的に対応す
る自動詞で置き換えることが可能であり、外的な原因や他の動作主がいる場合は、ガ格を
被動者にした受身文で言い換えることができるなど一般的な他動詞とは異なる特徴を持つ。
再帰動詞も、構文レベルの再帰的用法も、客体の変化よりも主体自身の状態変化に着目
しているという点では自動詞に近いと言える。自動詞には動作性を持つ自動詞と結果状態
を表す自動詞がある。「歩く」「泳ぐ」「遊ぶ」「働く」「話す」のような主体の意図的な動作
を表す動詞は前者に、「焼ける」「落ちる」「開く」「閉まる」「光る」「輝く」などの状態変
化を表す動詞は後者にあたる。「再帰構文は自動詞に近くなる」と言うとき、どちらの自動
詞に近くなるのかという観点から、次の三つに分類することができる。
Ⅰ 主体は動作主であるが、主体の働きかけが外へ向かわず主体の動きを表す(動作性の
自動詞に近い)。
Ⅱ 主体は動作主ではなく、主体の状態変化が表されている(結果状態を表す自動詞に
近い)。
Ⅲ 主体は動作主であり、主体の働きかけが自分自身に帰ってくる(両方の自動詞の性質
を併せ持つ)。
再帰動詞や他動詞の再帰的用法が自動詞に近いことを見てきたが、形態的に対応する自
動詞が存在する場合に、自動詞と置き換えるとニュアンスの違いが生じる場合もあり、形
態的な他動性が全く意味を持たないとは言えない。

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形態的にはヲ格をとりながら、自動詞に近い意味的、統語的特徴を持つこのような動詞
は、動詞を他動詞と自動詞の二極に分ける従来の見方では説明できないものである。自動
詞と他動詞は対立するものではなく、連続したものであることを再帰動詞や再帰的用法の
多くの用例は示している。
1) 本稿では他動詞文のガ格項が指示するものを「主体」、ヲ格項が指示するものを「客体」と呼ぶ。
2) 高橋(1975)による所属関係の定義:あるものと、それの側面、部分、所有物、生産物などとの関係
を指す。
側面:人−身長・体重・性質など/もの−大きさ・形・色など
部分:人−手、足、頭など/木−葉、花、芽など
所有物:人−帽子、鞄、家など
生産物:人−言葉、汗など/電気メーカー−テレビなど
3) ヤコブセンは、「走る」「飛ぶ」「泳ぐ」など意図的行為を表す自動詞すべてにおいて、動作主が行為
をなすと同時に、その結果ある変化(例えば空間的位置が変わる)を被るという再帰的な意味が働い
ているとし、「渡る」「通る」などが通り道を表す目的語を伴うのも、その目的語が対象物を表さない
にしても、再帰性による準他動的な性質の現れであるとする。
4)影山(1980) 参照
5)影山(1980) 参照
6)須賀(1981)参照
7)「あける」と「ひらく」の意味の違いについて、影山(1980)参照は、「瓶のふたをあける」は瓶とふ
たが離れてしまう状態を表し、「魚の腹をひらく」は一部がつながった状態を表すという指摘をしてい
る。つまり、開閉部分を本体から取りはずせるものとみなすのか、本体の部分とみなすかが「あける」
と「ひらく」の意味の違いであり、「AのBをあける」「AのBをひらく」という文において、「あける」
の開閉部分に LID 、「ひらく」の開閉部分に PART という意味素を与えている。これによれば、「ひら
く」の意味には全体・部分関係が内在していると考えることができる。
8)使役の再帰構文の分類については、佐藤里美 (1986), (1990)、早津恵美子(1991) に詳しい。
9)井島(1988) は「使役主が直接手を下さず、言外に介在してその第三者に使役主が意向を伝えること
によって、その第三者が直接に動作を遂行する」という意味素性を「介在性」と呼ぶ。

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用例出典
『新潮文庫の 100 冊 CD-ROM 版』および web サイトから検索エンジン google で採集した。
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付記:本稿は 2003 年度提出修士論文の第 2 章および第 3 章を加筆、修正したものである。